「掛け算の順序」を日本に導入したのは、小学校教師ではなく、明治の数学者で、その代表が藤澤利喜太郎です。 最初期に西洋に留学した数学者の1人で、菊池大麓と並んで、日本の算数・数学教育の基礎を作った人です。 彼らが和算から洋算、つまり西洋の数学に切り替えました。 もちろんトンデモではありません。 日本の数学者をまとめる日本数学会は、藤澤の生誕150周年を祝うページをわざわざ作っています。 そこから引用します。
近代日本にあって、菊池大麓がまず西洋流の数学教育を導入したのに対して、藤澤は数学関係では初めて本格的な研究論文を執筆しドイツで理学博士となり、ドイツ流のセミナリー方式を数学研究のために導入し、高木貞治など後進を育成しました。中等教育のために教科書を執筆し、教員講習も行いました 。
この引用で注意して欲しいのが「中等教育のために教科書を執筆し、教員講習も行いました」の部分です。 初等教育の教員を養成する師範学校は、中等教育に位置付けられていました。菊池は幾何学の教科書を書いていますが、藤澤は算術の教科書を書いています。 このような算術の教科書は国会図書館のデジタル・コレクションで見ることができます。 例えば、『算術教科書 上』(1896年、大日本図書)です。
まず掛け算の定義の部分を引用します(p.34)。
第一の数に第二の数を掛くるということは第一の数を第二の数が示す度数だけ採りて加へ合はすといふ意にして, 第一の数を被乗数, 第二の数を乗数, 被乗数に乗数を掛けて得る結果を積と称す。 [カタカナをひらがなに、旧漢字を新漢字に変えた。強調は原文ママ。以下同様]
掛け算に交換則が成立することが次に説明されています。ただし、この部分には実は条件が少し足りていません(p.35)。
被乗数と乗数を交換するも其積は変わることなし,
注目して欲しいのは、次の部分です(p.54)。
掛け算の総ての場合に於て乗数は必ずや尋常の数即不名数ならざるべからず, 例へば5を三円倍する或は7円を3里ダケ採るといふが如きは総て意味なき言なり, 之に反し被乗数は尋常の数にても又名数にても可なり。
名数に或る数を掛けて得たる積は被乗数と同名なり。
「不名数」は"単位がついていないふつうの数"です。「名数」は"単位がついている数"、つまり量です。 ここで述べているのは、量×数、数×数は定義されているが、数×量、量×量は定義されていないということです。 量×数=同種の量ですが、これは算数教育では俗に「サンドイッチ」と呼ばれるものです。
ということは、2番目の引用に反して、量×数では、数×量が未定義なので、交換則は成立しません。
0 件のコメント:
コメントを投稿