2016年6月19日日曜日

-ar と -al の異形態を英語の音韻論で面倒みるの?

英語にはラテン語に由来する形容詞派生の接辞 -al がある。 これには/l/音の後で使われる -ar という異形態がある。 この使い分けは英語の音韻論で扱われるべきなんだろうか。 僕は無理だと考えるが、 そうしている論文がある。

  • Tanaka, Shin-ichi. 2007. On the nature and typology of dissimilation. English Linguistics 24(1) 279-313.

これの 3.2.1 がそうで、/r/と/l/についての間の距離を入れたOCPと忠実性で説明している。 語例が納得できなかったので、凝った検索をするために iOS版の『小学館ランダムハウス英和大辞典』(2nd edn.)をポチっとなしてしまった。 これの -al の項には、次のようにある。僕もこちらの方に賛成である。

もとは -l を含む語幹にはつかなかったが、 最近ついた形も用いられ、意味の区別をする: familiar とl familial.

田中先生は、fa(míli-ar) fa(míli)-al と分析することで、音韻論の中で処理しようとする。 前者だとわたり音の[j]で実現できるが、後者はできないと主張しているが、 OEDのアメリカ発音は両者とも[j]になっている。 また、peculiar はわたり音で記載されているが、conciliarは母音である。 ということはよく使われるか否かによると考えるのが自然である。

-ar と -al の両方があるものを上の辞書から探してみると、 laminar/laminal, linear/lineal, molar/molal, valvar/valval, vulvar/vulvalがある。 この中で韻律が変えられそうなのは linearだけだが、手持ちの辞書にはわたり音がない。 さらに molal, valval, vulval は最適でないはずの形である。 なお、linear/linealは古典ラテン語で両方があるのが確かめられる。

familiar, peculiar を処理するために 2つの/l/の間にフットがあるばあいの制約も付けているが、 そうすると -l-ical の形もひっかけてしまう。

語種ごとに順位がちがう可能性もあるが、/l/のOCPに違反するような語は、 lall, loll, lulll もある。 Urban Dictionary ならさらに blol, clol, plol などもある。

ということで、ラテン語の規則はラテン語にまかせた方がいい。 -ar と -al で意味のちがいがでるのは、 古くからある語に追加して -al の形が作られたからで、valvar/valval, vulvar/vulval は単なる変異のようである。

2016年6月18日土曜日

南フランスの新地域圏の名称問題

フランスにおいて州にあたるものは région「地域圏」と呼ばれる。 ただし、ドイツやスペインの州のように権限が強いわけではない。 南フランスの地域圏のうちの Languedoc-Roussillon と Midi-Pyrénées が loi no 2015-29 により統合され、 現在は仮にLanguedoc-Roussillon-Midi-Pyrénéesと呼べれている地域圏がある。 この地域圏の名称が、6月24日に地域圏議会で決められる。 それに先立ち、委員会で候補が絞られ、ネットで意向投票が行われた。 (#leNomdeMaRegion http://www.regionlrmp.fr/le-nom-de-ma-region

候補となったのは、次のものである。

  • Languedoc
  • Languedoc - Pyrénées
  • Occitanie
  • Occitanie - Pays Catalan
  • Pyrénées - Méditerranée

この地域圏は伝統的な地域区分でラングドック(Languedoc, Lengadòc)地方 が大部分であるが、 ルシヨン(Roussillon, Rosselló)も含んでいる。 言語的には、オック語(オキシタン語 occitan) の地域が広く、ラングドック方言 (lengadocian) が大部分であるが、 東にプロヴァンス方言 (provençal)、西にガスコーニュ方言 (gascon) の地域も含む。 さらに、ルシヨンはカタルーニャ語(catalan, català)の地域である。 ただし、現代では住民のほとんどがフランス語に移っている。 継承語を使える人たちは、それほど多くない。 使える人たちでも若いものは、二言語の学校 Calendretaで学んだ人が多い。

問題になる名称は、Occitanie "オック語のくに" と Pays Catalan "カタルーニャ人のくに"である。

オック語は、この地域圏の他に Aquitaine-Limousin-Poitou-Charentes, Auvergne-Rhône-Alpes, Provence-Alpes-Côte d'Azur でも使われる。ただし、いずれの地域も他の言語圏であったところも含む。 そういう中でオック語全体のための Occitanie を使っていいのかという問題があった。 また、姉妹関係にあり、同じ少数言語として活動では助けあってきたカタルーニャ語の地域との関係も考えなければならなかった。

意向投票の結果が6月16日づけで出た。

コンドルセ方式なので、結果が複雑だが、 とりあえず約20万中の9万ぐらいが1位に Occitanie を選んだ。

とはいえ、人口550万を越える地域圏の20万なので、多くの人の無関心と一部の活動家の働きによる結果である。 Jornalet紙の記事にあるように、オック語の活動家の中でもこの名称に対する意見は分かれている。 また、あくまでも意向投票である。 Occitània の民族政党はいくつかあるが、 地方レベルにおいても環境派と結びついてようやく当選できることもあるぐらいのレベルなので、 議会での影響力はほとんどない。 おそらく対立をまねかない無難なものが選ばれるのではないかと考える。

2016年6月13日月曜日

日本諸方言における前鼻音のOTによる一解釈

日本語の古語にあったとされる前鼻音が弁別を強化 enhance するため、 つまり素性を追加することで弁別しやすくするためであったと考えてみようという試みである。 OT(最適性理論)を使っている。 元ネタは、次のもの(直接の参照はKindle版):

  • Flemming, Edward. 2005. Speach Perception and Phonological Contrast. In Pisoni, David, & Remez, Robert (eds.). The Handbook of Speech Perception. Blackwell Handbooks in Linguistics. Malden, MA: Blackwell.

ただし、Flemmingがよくないとしている方法を強引を使っている。 アイディアは単純なのだけど、テクニカル。

使う制約はFlemmingのものだが、PrenasalizedはFlemmingが妥当ではないとしているもの:

*VTV
母音の間では無声阻害音はよくない。
Prenasalized
有声阻害音なら前母音鼻音化するもの。
Ident(Nasal)
鼻音性は基底と表層でできれば同じ。
Ident(Voice)
有声性は基底と表層でできれば同じ。

まずは、東北の /mato/ = [mado], /mado/ = [maⁿdo] を作ってみる。 ここでのミソは、同順位の制約の違反は足し算にならないこと。

(1)a. 東北方言、基底は無声
/mato/*VTVIdent(Voice), PrenasalizedIdent(Nasal)
 mato*!
⇒mado *, *
 maⁿdo *, *!
(1)b. 東北方言、基底は有声
/mado/*VTVIdent(Voice), PrenasalizedIdent(Nasal)
 mato*!
 mado ,*!
⇒maⁿdo , *

これの前にあったはずの古代日本語のばあい。ただし、*VTVの位置はIdent(Voice)以下ならどこでもいい。

(2)a. 古代日本語、基底は無声
/mato/Ident(Voice), *VTVPrenasalizedIdent(Nasal)
⇒mato ,*
 mado*, *!
 maⁿdo*, *!
(2)b. 古代日本語、基底は有声
/mado/ Ident(Voice), *VTVPrenasalizedIdent(Nasal)
 mato ,*!
 mado *!
⇒maⁿdo *

PrenasalizedとIdent(Nasal)が同順位ならゆれている状態。Ident(Nasal)>>Prenasalizedなら現代の前母音がない状態。

2016年3月26日土曜日

メモ -ossの発音

承前。-ossで方言形、外国語を除く。

  1. 本命 /ɔ/: boss, foss, loss, toss, ...
  2. 対抗 /ɑ/: floss, gloss, doss; 語末以外はこれなので、切断によるものも: pross
  3. 例外 /oʊ/: gross

2016年3月24日木曜日

メモ -ough の発音

承前 -ough# の発音。方言、廃語、固有名を除く。複合語、派生語は

  • 本命: /ʌf/ 例: enough, rough, tough, slough "抜け殻", ...
  • 対抗: /aʊ/ 例: bough, plough(=plow), slough "ぬかるみ", ...
  • 例外: /oʊ/ 例: dough, though
  • 例外: /ɔf/ 例: cough, trough
  • 例外: /u/ 例: through
  • 例外: /ʌp/ 例: hiccough (=hiccup)
  • 強勢なし: /oʊ/ (さらに /ə/) thorough, borough, furlough, ...

2016年3月23日水曜日

メモ -oo+閉鎖音の発音

-ooC# (Cは閉鎖音の発音)。 可能性は、/u/, /ʊ/, /ʌ/ (日本の辞書では /uː/, /u/, /ʌ/)で、 主に最初の2つ。 Cによって、発音が変わる。

  • -oopのばあい: /u/、 ただし、方言によって /ʊ/になるもの (例: coop "(小動物用)小屋"もある。
  • -oobのばあい: /u/。
  • -ootのばあい: 原則 /u/ (例: boot)。
    • 頻度の高い例外として、/ʊ/ にfootとsoot、 および、 それらからの派生語・複合語。
  • -oodのばあい: 原則 /u/ (例: food, mood)
    • 例外として /ʊ/ good, hood, stood, wood および、それらからの派生語・複合語。
    • さらに例外として /ʌ/ blood, flood および、それらからの派生語・複合語。
  • -ookのばあい: 原則 /ʊ/ (例: book, cook)
    • 例外として /u/ があるが俗語か方言形 (例: kook, gazook)
  • -oog のばあい: 原則 /u/ であるが、俗語か方言形(doog, boog)。
    例外は goog /ʊ/、Moog /oʊ/

まとめなおすと:

  • -ook 以外は /u/
  • -ook は /ʊ/
  • /ʊ/になる例外は、foot, soot, good, hood, stood, wood
  • /ʌ/になる例外は、blood, flood

2016年3月17日木曜日

メモ -ost の発音

英語の発音がよくわからないので、メモ。 なお、-oost, -oastを除く。 だいたいは研究社『リーダース+プラス』(1996, EPWING CD-ROM版)による。 ただし、発音記号はUS英語に使われているものに変更。

※ 不正確な部分があったので修正(2020-01-24)

  1. /oʊ/ - ghost, host, most, post および、それらの派生語。(日本の辞書では/ou/)
  2. /ɔ/ - cost, lost, frost, Pentecost など。(/ɔː/)
  3. /ɒ/ - glost, 《肋骨》の意味のcost(a)などギリシア語起源のものなど。専門用語が多く、ふつうの英和、OEDにもないものがある。
  4. /ʌ/ - dost
  5. /ə/ - provost など(副)強勢がないもの。

/ɔ/と/ɒ/は、融合している方言もあるせいか、『リーダース』といくつかのネットで見られる辞書で 発音が違うもの、両方書いてあるものがそれなりにある。 われわれ外国人だとどちらでもいいんだろうか。

sight words として、ghost, host, most, post; cost, lost, frostを覚えて、残りは/ɑ/かな。